大雪でも大丈夫だった話

今日、東京は大雪でした。
職場も、電車が止まるから、早く帰れる人は帰るようにというお達しが出ました。
私は、急ぎの仕事というか、ねばならない仕事があったため、早めの帰宅はできず、
とりあえず、自分の仕事にケリが着くまで、仕事をして帰ることに決めました。

周りのみんなは、家が遠いこともあるのですが、電車が止まりそうだ。
と、急いで帰っていたのですが、駅で1時間~2時間まったようです。

 

僕は、電車が止まっているのであれば、12kmぐらいだし、歩いて変えればいいや。

大丈夫。

対応できる。

と考えていました。

先程帰宅しましたが、駅でも全く混むこともなく、電車もガラガラで乗ることができました。

 

9月に熊本に行った際に、

その帰りの便に、台風の来日がドンピシャであたり、
飛行機が東京到着するときに、台風が東京に到着するという状態になりました。

僕は、翌日の朝には、遅れず出社したかったため、

日曜日の最終便を、翌日の始発に変更しました。

これで、月曜日の朝に遅れずに出社できるぞ!!
俺は段取りの組める人間だ!としてやったり、と考えていたのです。

 

しかし、朝、6時に空港に向かい、始発の飛行機に乗ろうとすると、、、

欠航の文字…。???

なぜだ。。。俺は最高の段取りを組んだじゃないか!

 

話を聞くと、
熊本→東京の最終便は時刻は遅れたけれども、東京まで向かい、
東京→熊本の最終便が、遅くなりすぎたために、出発できず。
朝一の熊本→東京の飛行機は、飛行機が熊本にないために、欠航。

ということでした。

 

この差は何だったのか???

僕は、心が「どういう状態の気持ちを持っていたか」が、現実の結果に影響したのではないかと思います。

今日の僕は、「なんとかする、なんとかなる」という気持ちを持っていました。だから、大丈夫だった。
熊本の時の僕は、「遅れたらどうしよう、帰れなければならない」という風に恐怖に支配された気持ちを持っていました。

だから、飛行機が飛ばず、遅れた。

根拠があるわけではないですが、心が「できる、大丈夫」という気持ちを持っていれば、上手くいくし、
「できない、上手く行かない」という状態の気持ちを持っていると、その通りの答えが返ってくるということ。

「計画は悲観的に。実行は楽観的に」という言葉があります。

悲観的に計画するといっても、「最悪のパターンとして、こうなったとしても、このように対応する」という計画を立てているわけですから、
「失敗したらどうしよう…。」と言うように失敗の気持ちではありません。

 

サムライ塾でも、最悪こうなるかも、認識を持ち、対策を取ることで、
「先の先をとれ」と学びました。

最悪のシナリオになったとしても、なんとかなるような計画を立てることは、
心には大丈夫という気持ちを植え付けることができる。
「先を取られて、負けたらどうしよう」ではなく、「先を撮られたとしても、こうなったら逆転できる」と、
先の先をとり、そうならないように準備していく。
それも、悲観的にならず、天が引き寄せられたくなるような気持ちで。
天が「こいつのとこやったら、楽しそうやし、行ってやってもいいかな」と思われるくらい楽しそうに、準備すること。

大丈夫。
うまくいく。

 

さぁやってみよう。

ご縁の凄さと、思ったことが現実化するということ

本日は、サムライ塾5期からの、サムライ塾、主宰:近藤さん、5期ステコミ、塾員への感謝祭を開催してもらいました。

 

次の6期ステコミリーダーになった、スミさんの会社である

品川測器で開催していただきました。

 

元々の近藤隆雄さんの思考を共通認識とし、それに共感する人だけが集まっている空間です。

心地よくないはずがない!(心地いいというのは、自分の進みたい方向と周りが一致していること)

って、実際、素晴らしい空間でした。

 

5期生のみんな、本当に有難う。


また、次回書きます。

 

さぁやってみよう。

易を見てもらうの巻、その②

サムライ塾で出会ったマッキーが易を見れるということを知る。

僕自身の易をマッキーに見てもらおうと思っていたところ、
「あまりに深刻そうだったから」という理由で、
マッキーの師匠である西浦先生に易を見てもらえることになった。

 

【西浦先生に質問したこと、とその答え】

Q:東京に来て、自分なりに必死で頑張ったのだが、上手く行かなかった、その原因はなんですか?

・東京に来てから、あなたはずっと自分の心に相談しなかった。
一番の相談相手である自分の心の声を聞かなかったのだから、上手くはいかないよ。
あなたには、東京はペースが早すぎる。広島でも、どこでもいい、あなたに適した場所は、東京以外のどこか。

Q:私は結婚できますか?

・自分が確立すればできるんじゃないですか。
あなたは、相手に合わせることのできない人。
だから、相手に合わせてもらうしかないですよ。
あなたがフラフラしていたら、相手が合わせられない。
自分が確立できたら結婚できると思いますよ。
全然ハードルは高くないですよ。あなたは変わる必要が無いんだから、
軸をしっかり確立することができれば、そんなあなたに合わせてくれる人が現れますよ。

Q:今、お酒で失敗をして、禁酒しているのですが、お酒を飲んでもいいですか。

・飲むとザルなんですね。お酒にいい、わるいはないですよ。
けれど、飲むと、あなたはまた失敗するよ。やるよ。あなたは油断する性格の人だから。
最初は気をつけているけど、また失敗する。
まぁ、いいじゃない。失敗したら、失敗したな、で学べばいい。

という内容をすごく優しい目で柔らかい口調で話していただきました。
文章にしてみると、内容的には結構ズバッとキツイこと言われてる気がするのだけれども、
全く苦しくない。


心の中で、ずーっと感嘆の声が上がっていました。

西浦先生が指摘された通りなんです。
僕はずっと自分ではないものになろうとしていたんです。
自分以外の何かに変わりたかったんです。
それも、東京にいる間に。

でも、自分以外にはなれず、ずっとそこが苦しかったんです。
自分以外の何かにならないと、成功(やりたいことをやること)ができないと思っていたんです。

 

今回、西浦先生に易をいただき、
「自分でいていいんだ、自分でも時間はかかるけれども、成功(やりたいことをやること)ができる」
ということを腹落ちさせることができました。


西浦先生、この苦しさをとってもらい、本当にありがとうございました。

マッキー西浦先生を紹介してくれて、ありがとう。

タク、マッキーをサムライ塾に勧誘してくれてありがとう。

AKB、サムライ塾に声かけてくれて、ありがとう。

 

さぁ、自分らしく、楽しんでやってみよう。

易をみてもらうの巻

今日は、サムライ塾で出会ったマッキーの師匠
「西浦先生」に易を見てもらいました。

 

易って何???というぐらいで、知識は全くありません。
しかし、子供のころから、般若心経を暗証してきた自分としては、
目に見えるものとは別の何か大いなるなにかがあることは、間違いないと信じております。
そして、易とはその大いなるものの意思、流れを知るものとして、使われてきた手法であると認識しています。

 

今回、西浦先生に易で見てもらったのは、「広島に帰る」ということ。


自分自身では、答えが出ているのですが、
その答えが、本当に正しいのか、自分の逃げなのか、正しいのであればタイミングはいつがいいのか?
を確認するために、易を見てもらいました。

 

結果は、すぐに帰るべきとのこと。
タイミング的にも、2月から運気が変わるということで、
今のこのタイミングで住む場所を変えることは良いことであると言っていただきました。
ただ、広島に返ったとしても、直近では苦労するとのこと、その苦労を超えたところで、
自分自身の所を得る事ができるとのことでした。
あなたは、3手先を考えてもできない、けれど、やればやった分だけ先に進むことができるし、
気がついたらこんなところまでこれたと気づくことが出来る。
とにかくやればいいとのこと。

 

易によると、僕自身が東京にいることでのメリットを受けることのできない仕事に適している、
というよりも仕事に向いていないとのことでした。

東京にいるときに、上手く行かなかった理由は、自分の心に対してまったく相談しなかったことが原因とのこと。
確かに、答えが自分の外にあると思い、ずっと外に外に答えを求めていました。


その他にも色々質問しようと考えていたのですが、
あまりに自分の本質というか、ずっとやりたかった理想の生き方を、言語化して示していただき、

その答えだけで満足してしまい、その後に質問が全く出てこなくなってしまいました。

心の何処かに、一次産業をやりたい、お坊さんになりたいという考えは、あったのですが、
今まで自分が学んできたこと、お金を稼ぐことが正しいという世界観の中では、その生き方は難しいと考えていました。

最終的にはなんとかなるという答えをもらい、安心いたしました。
どの道を進んだとしても、うまくいくこともあるし、失敗もあるのだと思います。
けれども、なんとかなるのであれば、いいや。
今日、このタイミングで、西浦先生に出会えて、易を見ていただいて、本当に良かった。

マッキー、西浦先生をご紹介してくれてありがとう。
すべては、ご縁と大きな流れによって導かれていると感じることのできた一日でした。

さぁ楽しんでやってみよう。

レーシック体験記⑪

【スペック】
38歳、男性、両目ともソフトコンタクトの-10.0(裸眼視力0.04らしい)
裸眼で本を読むには、顔と本の距離が10cmぐらい。
2017年12月30日にレーシック手術を受けてきたので、
その記録、記憶を残しておきます。

————————————-

レーシック手術を受けた後、目はシクシクと痛い。
ヒリヒリといえばいいのか?
目を開けることが辛いので、基本を目は閉じている。

でも、目を開けると見えるのだ。

今までとは違い世界の香りがする。

しかし、目が痛い。開けられない。


「長浜さん、こちらに来てください」

と声をかけられるが、

「目が痛くて、開けれません!」と純粋に伝える。
すると看護婦さんはそそくさと目薬を指してくれた、ふわっと痛みが和らぐ。

痛ければ、我慢せずにこれを使えばいいんだ。
マラソンでは、ロキソニンを躊躇せずに使うくせに、へんなところで痛みを我慢するくせがある。
これも自分のバグだな。

同じく手術を受けた人達で集められ、これから使う目薬4種類と、保護用メガネを渡される。
痛み止めの目薬は、明日の検診までしか使ってはならないらしい。
それ以後に使うと、手術の失敗のアラートとしての痛みを感じることができないからだそうだ。
マラソンでロキソニンぶち込みまくって、次の日に異常な筋肉痛、膝の痛みを味わうため、追いロキソニンを当たり前としている自分には、痛い指摘だ。

 

保護メガネは手術日から一週間寝るときにもつけなければならないとのこと。
無意識に目を触ってしまうのを防ぐためだとのこと。
めんどくさいけど、業務用のチョコレートを買うと無くなるまで食べ続けることのように、無意識の自分はコントロールすることができない。
ある状況下での無意識の自分をコントロールすることができないのであれば、その状況を作らなければよいのだ。

意識の自分で、「業務用のチョコレートを買わない」というルールを作ったように、
無意識の自分の行動をブロックする仕組みを作らなければならない。

という説明を一通り受けて、電車で帰宅。

 

帰宅中に街灯をみると、ぼやっと光の線が見える。
これがハロー・グレアだろう。
けれども、こんなもの、目が見える事に比べたら、本当に些細な事だ。

手術後は常に目が痛い。
大丈夫かなと若干心配になるが、痛み止めの目薬をジャバジャバと使うことで、痛みは回避できる。
それでも、目を開けておくことは辛いので、さっさと寝る。

次の日の朝。

 

全てがクリアに見える世界。
前日の白い靄がウソのようになくなった。
痛みも殆ど無い。
朝日が眩しく、清々しい世界。
検診のため、再び有楽町へ向かう。

 

手術翌日の視力検査は、右1.5、左も1.5。
十分見える。これならメガネもいらないですね、と先生からも太鼓判をいただく。
世界が全て明るい。
それもそうだ。
1.5を見えたことは、メガネをかけても、コンタクトをつけていてもなかったのだから。


目が見える事がこんなに満ち足りた気分になるなんて全く知らなかった。
なぜ、僕はもっと早くやらなかったのだろう、と思う。
まぁ、そのときはそのときで怖かったのだ。いつか、レーシックをうけたいなとは思っていた。
けれども、ずっと怖かった。
今回も怖かったけど、東京にいる今のタイミングを逃すと、ずっとメガネで過ごすことになるかもしれないと思ったから、決心しただけだ。

何事にも怖さがある、だから、期限をきる必要がある。
「いつか」といっていたら、一生やらない。


これからの未来になって、レーシックに変わる新しい技術が生み出されるかもしてない。
レーシックがもっと安くなって、5万円くらいで受けれるようになるかもしれない。
レーシックを受けても視力が弱くなるかもしれない。(といっても、0.04まで下がることはないだろう)
ハロー・グレアが今よりももっと辛くなるかもしれない。

といっても、未来のことなんて、誰にもわからない。

 

いつかはこないのだ。
人生は「今」しかない

今この瞬間を生きるために、
視力が僕と同じ0.1以下の人には、レーシックを超絶おすすめしておく。

※もちろん、自己責任が大前提です。

————————————-

さぁ、たのしんでやってみよう。

レーシック体験記⑩

【スペック】
38歳、男性、両目ともソフトコンタクトの-10.0(裸眼視力0.04らしい)
裸眼で本を読むには、顔と本の距離が10cmぐらい。
2017年12月30日にレーシック手術を受けてきたので、
その記録、記憶を残しておきます。

————————————-

レーシックの手術は、

①フラップの作成
・開眼器でまぶたを開き、レーザーでフラップ(ふた)を作成する。

②レーザーによる屈折矯正
・フラップを開けて、角膜にレーザーを照射し、角膜を削ることにより、屈折率を調整する。

という2つのステップから構成される。

 

レーシック経験者に
「レーシックの手術ってどうなの、怖くないの?」
聞くと、
「レーザーを当てるんだけど、赤い光みたいなのが見えるだけで、別になんともないよ」
という②に関する声が多く聞かれる。

僕もそんなもんなのかと思っていたのだが、
実際はちょっと違った。

 

②は別に怖くない。
怖かったのは①、
その中でも、開眼機がめちゃくちゃ怖かった。


僕は90kgというデカイ身体を持ちながら、小さい頃から、内気で臆病でシャイな人間だ。
この臆病さは、もちろん、目の検査のときにも当てはまる。

 

視力検査のときに、プシュッと目に空気を当てる機械があるが、瞬間的にまぶたを閉じてしまうため、必ず再測定が実施される。
むしろ、プシュが怖いから、プシュっとされる前に目を閉じているといっても過言ではないだろう。

 

そのくらい臆病で、すぐ目を閉じてしまう僕には、
開眼器はかなり過酷な代物だった。

 

フラップの作製のための部屋に移動して、手術台に寝るように指示される。
まず、頭を固定させてから、目の周りを消毒して、その後に麻酔の目薬を入れられる。

次に開眼器の登場だ。

 

視力0.04の僕には見えないのだが、つけられた感覚では、望遠鏡の覗くところの先っちょのようなもの。
丸っこいものをまぶたを開いた状態で固定される。

 

そして、これからフラップの作成に入るのだが、ここが一番怖かった。
この望遠鏡の先っちょみたいなのが、ぐぅーーーって、ものすごい力で押さえつけられるのた。
目を固定するためなのか、痛さはないのだが、圧力が凄い。
目に見える景色は、緑のぼやけた光。
アラフォーの漢が、手はぎゅーっと握りこぶしで、声を上げそうになったぐらい怖かった。

 

両目のフラップ作成が終わると、次の部屋に連れて行かれる。
次は、レーザーによる屈折矯正。
このステップで怖いところは、フラップをめくった瞬間がわかること。
光を見ていてくださいと説明され、水みたいなのが目に注がれたと思ったら、
急にペロッと、急に視界がぼやけるのだ。
あ、めくったな、と感じることが出来る。
めくられている間は、ぼやけたまま、光を見る。
そして、髪を焼いたような匂いが鼻をつく。
あ、、焼いてんだと感じることが出来る。
ちなみに痛みは全く無いので、怖いことはない。

 

両目共屈折矯正が終わり。看護婦さんに連れられて、待合室へ移動。
15分ぐらいお待ち下さい、と声をかけられる。
純粋に目が痛い。
ちょっとだけ目を開けてみる。

「あれ、見える気がする」

白くモヤがかかっているような状態ではあるが、
メガネをかけたかのように見える。

————————————
3回ぐらいで書ききるつもりが、ダラダラと書いてしまった。
次が最後になります。

 

さぁ楽しんでやってみよう。

レーシック体験記⑨

【スペック】
38歳、男性、両目ともソフトコンタクトの-10.0(裸眼視力0.04らしい)
裸眼で本を読むには、顔と本の距離が10cmぐらい。
2017年12月30日にレーシック手術を受けてきたので、
その記録、記憶を残しておきます。

————————————-

帝国ホテルで最後のひとときを過ごし、ゆったりとした気持ちで品川近視クリニックへ、

これから、レーシック前、最後の検査が始まる。

 

最後の検査といっても、午前中とおこなうことは変わらない。
視力板を矯正メガネをつけて、再度視力を測定するだけ。
「レーシックすると、これぐらいですね」と言われる0.7の視力は、僕にとって十分満足出来るものだった。
吾唯足知

 

先生の診察の際に、もう一度脅される。
「あなたの視力では、レーシックで削れる角膜のギリギリまで削ることになります。
もう一度手術することはできません。
角膜を沢山削るので、ハロー・グレアと呼ばれる現象も強めに出る可能性が有ります。
本当であれば、眼球にレンズを入れる手術をおすすめします。価格は60万です。」

「右目の視力が弱いので、右目は0.7ぐらいしかでないかもしれません。左目と右目の差が大きいと疲れるので、

左目も0.7ぐらいに調整でよろしいですか?」

 

「肚は決まってます。やってください。」

なんて言ってない。

「はい、それでいいです。」

自分のことなのに、左右差があると疲れるとか考えたことがないので、よくわからない。

しかも、これは午前中の最後の診察に言われたことだった。

視力検査が終わり、手術に向かう。

トイレを済ませ、荷物や、金属関連のものをすべてロッカーにあずけ、髪の毛を包むキャップをかぶり、

手術スペースへ移動する。

 

手術スペースで最後の診察が入る。

先生「最終確認ですが、左目は少し弱めでいいんですね?」

僕「右目の視力が出ない可能性があるので、それに合わせて調整すると聞いています。弱めでいいです」

先生「大丈夫だと思いますよ。数マイクロ削るだけ、見え方は変わります。1.5ぐらいでるんじゃないですか」

 

え、、、なんだ、なんだ、病院全体でツンデレなのか?

過度な期待をもたせすぎず、適度な恐怖を加え、価格の高いコースに導き、最後の手術直前に緩和させる。

患者の心理を読みきったアップセル、、そして、最後に安心をあたえ、手術への緊張を緩和させる、素晴らしいリスクコントロール。

 

僕は一安心しながら、手術待合室で待つ。
手術後の沢山の人が出たり入ったりしている。
固く目をつむった人が看護婦さんに手をひかれながら入ってくる。

そして、15分ほど安静にしていてください、と言われている。

この人達、手術が終わった人だ、痛かったのかな、どうなのだろう。世界はどう変わるのだろう。

 

ついに、僕の名前が呼ばれた。いよいよ手術だ。

————————————-

さぁ楽しんでやってみよう。

両親の生まれた年を覚える方法

先日、両親の生年月日を聞かれ、誕生日はわかるんだけど、

年度が昭和何年だったかを、完全に忘れてしまっていた。

 

昭和24年だった気がするけど、合ってたっけ???

Evernoteも探したけど、メモってなかった。

う~む。

結局、母親に電話。

 

今は、evernoteにもメモったし、忘れても大丈夫なんだけど、

ふと、覚え方を思いついた。

 

自分の生年月日-僕が生れた時の両親の年齢

で算出出来る。

 

僕は父親が30歳の時に生まれたので、

父親は昭和24年生まれ、

母親は父の1学年下なので、昭和25年。

 

お父さん、2日前だったけど、

69歳の誕生日おめでとう。


あなたが生まれていなければ、そして、お母さんと結婚していなければ、僕は、今、存在していません。

そして、僕ら兄妹を育てるために、鬱になるまで、仕事を頑張ってくれたんだよね。

 

育ててくれて、ありがとう。

感謝しかありません。

本当にありがとう。

 

もう少しわかりあいたいから、

もう少し元気で長生きしてください。

レーシック体験記⑧

【スペック】
38歳、男性、両目ともソフトコンタクトの-10.0(裸眼視力0.04らしい)
裸眼で本を読むには、顔と本の距離が10cmぐらい。
2017年12月30日にレーシック手術を受けてきたので、
その記録、記憶を残しておきます。

 

————————————-

品川眼科クリニックの一日レーシックは、

午前中の検診、検査が終了した午後に手術が行われます。


僕の場合は、10時に検診がスタートし、13時に検診が終了しました。

手術は17時から、16時に病院に帰ってくるように指示されました。

 

ずっと気になっていた、銀座の「俺のダシ」で初めてそばを食べました。

安い、美味い。けど、狭い。

 

年末の昼、超満員の中で、体重90キロの漢が立ち食い。

友達と来ていたり、飲みながらであれば気にならないのだろうけれども、

何もなく、あの狭さで待たされるは結構辛い。

ちょっと大きくなりすぎたかな…。

 

食後のコーヒーぐらいはゆっくりしたいと思い、帝国ホテルの17階のラウンジ アクアでコーヒーを飲む。

コーヒーが1杯1600円だが、おかわりも自由だし、何よりもスペースが広い。

スタバなどで場所取り合戦をするよりも、落ち着くことが出来るので、コスパが非常によい。

昔、「スタバではグランデを買え」という書籍で、ショート→トール→グランデのサイズの違いは、240cc→350cc→470ccなのに、

価格の違いは、40円ずつ、ショートとグランデは、2倍量が違うのに、価格が80円しか違わない。

コスパを考えるなら、グランデを買いなさい、と書かれていました。

それを読んでから、僕はスタバでは常に、グランデ、いえ、一番大きいベンティを買うようになりました。

そして、ラーメン屋で大盛り無料と書かれていると、大盛りにしたくなる病になりました。

本当は量でコスパを考えるのではなく、自分が一番美味しいと思って飲める量を購入すれば、それが一番パフォーマンスが高いのです。

 

って、レーシック全く関係ない。

 

帝国ホテルで書いたノートには、

————————————-

眼鏡をかけないと車の運転ができないらしい。

まぁ今までに比べて、自由に眼鏡を選べるようになった。良しとしよう。

それよりもこのコンタクト、メガネから解放される喜びのほうがどれだけ大きいことか。

何かが起きた時に、人の役に立つ人間でありたい。弱い人を助ける事のできる人、守ることので切る人になりたい。

————————————-

と書いていた。

もしも、東京でも地震が起こった時、北朝鮮からミサイルが飛んできた場合、

今までの視力ならば、コンタクト、メガネがなければ、人を助けることなんてできない。

むしろ、コンタクトもメガネもなくて、人に助けてもらわなければならないかもしれない。

もちろん、自分が困ったときは助けてもらうのだけれども、漢として、人を助ける、守る事のできる能力は有しておきたいと思う。

————————————-

さぁ楽しんでやってみよう。

レーシック体験記⑦

【スペック】
38歳、男性、両目ともソフトコンタクトの-10.0(裸眼視力0.04らしい)
裸眼で本を読むには、顔と本の距離が10cmぐらい。
2017年12月30日にレーシック手術を受けてきたので、
その記録、記憶を残しておきます。

————————————-

レーシックを受けても、視力は0.7程度で眼鏡が必要となるという宣告を受けた僕。

 

実際に0.7の視力を体験してみた感想は、

「全然見えるやん!!!」

 

小学5年生より、眼鏡をかけ始め、中学生になってから視力表の一番上0.2が見えない状態で、

25年以上過ごしてきました。

 

0.7の視力がどれだけ見えるのか、ということを完全に忘れておりました。

僕の見えないは、10センチまで近づかないと本が読めない状態のこと。

全てがぼやけた状態のこと。

 

それに比べたら、0.7の視力って、なんでも見えます。

 

検査技師の方に、「すごくよく見えるんですけど」と伝えると、

「レーシックを受けると、眼鏡が全く必要なくなると思われている人がいます。

そういう方からは、20m先の人の表情がわからないと見えないと言われるんです」

 

20m先の人の表情なんてみる必要があるのか?ということは置いておくとして、

僕には1m先の人が誰かが確実にわかるのであれば、それで十分。

 

僕は足るを知っていうのだ。

全ての捉え方は、自分次第。

生きてるだけで丸儲け。

見えてるだけで丸儲け。

 

これだけ見えるのであれば、全く問題ない。

よし、やろう。

————————————-

さぁ楽しんでやってみよう。