全速力の馬鹿になろう。

3ヶ月間関わってきた、サムライ塾が12月9日に終わりました。
通常の仕事と共にサムライ塾のステコミとして、全力で向き合ってきました。

 

今回のサムライ塾参加者は、コンサルや、MBAを取った事業主、大手企業の優秀社員、研修講師、3代目社長など、
僕と比べて、圧倒的に優秀な人達ばかりでした。

僕は、彼らに劣っているんじゃないかと思っていました。
馬鹿と思われることが、嫌でした。

島田紳助さんは、全力で勉強しているけれども、成績の悪い人のことを
全速力の馬鹿と表現していました。

僕自身、全速力の馬鹿にはなりたくない、と思っていました。
というよりも、自分は全速力の馬鹿じゃない、どれだけ効率的にできるかを目標にしてきました。

コンサルみたいにかっこよくとか、考えてました。
初めてみた時の橋口さん、僕はずっとあんな風になりたいと思っていました。

でも、上手くいかない。

間が悪い。まごつく。

かっこよくとか無理。

やっと、今の僕には、その能力がないということに、やっとやっと気づくことができた。

今の自分にはできない。
だけれど、やりたい。

もういいや。
吹っ切って、失敗してもいいからと、全力でやることにしました。

かっこよくできないことを認めよう。
そして、かっこよくできないから、やらないということもやめる。周りからどう思われてもいい。
これからは、全速力の馬鹿になることを恐れない。

stay hungry stay foolish

勢いだけで書く。その1

周りの評価なんてしらん。

自分の好きなことをせえ。

何を思われようがしったこっちゃねぇ。

結局、自分の人生だ。誰も責任なんてとっちゃくれねぇ。

自分は覚えているけれども、人は忘れる。

都合の悪いことは自分も忘れる。

それでも相手がグチグチ言ってくるのなら、無視しろ。リアクションを取るな。

そいつから離れろ。

一人で寂しくない人間になれ。

自分が正しいと思っていることを行え。

人生に正解はないが、天に対して恥ずかしくない行動を取ることはできる。

天は見ているぞ。自分基準だと甘えてしまうのであれば、厳しい方に行け。

逃げない。見ていないようで人も見ている。

失敗したら、それをメモしておいて、次回に活かせ。

行動を未来に行かせ。

何に対しても、自分の考えを持つ。

立川談志家元は何に対しても、
自分の考えを持っていた。

その孫弟子にあたる志の太郎さん、志の春さんの
ポッドキャスト曲解答弁を聞いて感じた。

間違えた内容でもいい。
自分の考えを話すこと、自分で考えることが大切なんだ。

今はインターネットで、すぐ答えを調べることのできる世界。
結局、調べて出てくるのは、他人が考えたこと。

以前、99%は仮説、という本があった。
飛行機が飛ぶことも、証明できていないという内容。
科学的に証明されている答えがなんてない世界。

答えは自分の中にある。自分が考えたことがすべての答え。
どうありたいかという意思のエネルギー。

それぞれの人に、自分の意思があり、自分の気持ちいいように、世界を変えようとしている。
その中で自分自身も気持ちよく、相手も気持ちいい状態を作り上げようと行動すること。

考えろ。そして、動け。反省し、再行動せよ。

相手の対応を気にする必要はない。

自分が勝手に自分を蔑んでいる。
周りは別に俺のことなんて、気にしていない。
自分が思っているよりも気にしていない。

自分が周りに対して劣等感を感じるのは、
自分自身ががやってきたことに対して、自信がないから。
昔の過去がやってきたこと。やってきていないことに、ついて考えても、
しょうがない。

今までも、自分の範囲でベストを尽くしてきた。
そして、今は、目の前にある与えられた課題を頑張る。

頑張れ俺。
楽しみ俺。

相手のために準備したお土産が邪魔になるのではないか、
若干重いものだったので申し訳ないと思い、結局渡せなかった。
渡せなかったことに凹む。

結局、何も進展しない。
自分がやることに対して、相手がどう判断するか気にしなくていい。
相手の反応を気にして、自分の行動を制限する必要ない。
自分がやりたいことを相手に断られないようにお願いすればいい。

これも練習、
どんなときでも自然体でいられること。
独立自尊。

治療に活用できなければ、検査に意味はない

今日は1ヶ月検診で病院に行ってきた。

外傷はなく、腰も首も頭も、レントゲン、CTで見ても異常なし。
ただ左足が動きにくい、右足の親指は痺れている。
普段の生活は出来る。

けれども、本人としては今まで通りではない。
今までより、動きにくいというのは、本人にとっては大きな問題。

この辛さ、全ての症状を伝えたのですが、
何を伝えても、先生はピンとこない様子。

というよりも、
「何言ってきてんな、こいつ…。めんどくせーな。」
という感情を感じる。

こいつ、やっぱり嫌いだ。
映画ビリギャルの伊藤淳史に似ているのだが、優しさが全く感じられない。
症状を聞いても、原因がわからないので、どうしようもないというのが本音なのだろう。
全く、覇気が感じられない。

先生が、「原因が分からないので、MRIをとって神経系をしらべますか?」
と聞いてくる。

「検査をして原因が分かったら、どういう治療をするんですか?」
と聞き返すと、「原因がわかっても、経過観察ですね」と言われた。


検査意味ないじゃん。

ということなので、西洋医学の検査にお金をつかうことをやめた。

 

見返すことのないメモはとっても意味はない。
次に活かすことが出来るなら、これからの未来を変化させることができるなら、
メモにも意味がある。
生かさなければ、ただのゴミ。
メモとってる、ノートとってる、という自分に満足しているだけ、全速力のバカになってしまう。


同じお金を使うなら、治療の出来る白川治療院に使おう。

西洋医学では治らないものが中医学では治る。
自分の身体で体験してみよう。

親子のシンクロニシティ

今朝、父親からメールがあり、下記のような内容だった。

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2日前くらいから足が自由に動くようになった。
筋が固まっているのが原因で、足首の筋を伸ばす。膝の皿を揉む、寝て肘を使って、腰を牽引する。
歩き方が膝から出す回転するように歩く事が出来る様になって自由に成ったとかんじました。
2年かかりました。めでたし。
もちろん、狭心症の薬、血液の流れを良くするビタミン、病院での牽引、電気、ウォーターマッサージのリハビリ治療等考えられる事を全てのやりました。

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肺炎を患い、半年間意識のないままで、寝たきりになり、死の淵をさまよっていた父親。
意識は戻ったのだが、足が思うように動かない、痺れているとずっと言っていた。
半年間寝たきりで、全く動かなかったのだから、それぐらいしょうが無いだろうと僕は思っていた。

それが2日前に治ったとのこと

2日前といえば、僕自身が中医学のゴットハンド
「白川治療院」の花山先生の手技によって、足が動くようになった日。

 

俺が花山先生に気の流れを良くしてもらったから、親父の気の流れもよくなったのだろう。
逆に、父親が今まで頑張ってくれた結果が2日前に実を結び、それで俺の足がよくなったのかもしれない。
親子だから、つながっているんだと思う。
全ての人は集団的無意識で繫がっているというけれども、
僕らはDNAを受け継いだ実の親子。
きっと、それ以上に繋がっている。

知らんけど。多分そう。

俺が自分の身体をケアすることで父親の身体が元気になる
もっと身体を大切にしなければ、気が循環する身体にしよう。

今日、会社に行くと、みんなから、顔色がよくなったと言われた。
これもきっと気の流れが良くなったからだ。

広島に帰ったら、先生にしてもらった気のつまりを取る方法を見よう見まねで、父親・母親にやってみよう。
両親の気の流れをよくしよう。
いつまでも元気でなんて無理なのだから、少しでも身体のことが気にならない状態で過ごして欲しい。


さぁ楽しんでやってみよう。

身体が不自由になっている今だから書いておくこと。

1ヶ月前に腰を打ち、一時、足が動かなくなった。

実際に動かなくなったのは一日だが、その後も違和感がある。

今の違和感、今の感覚、今の気持ちを言葉に残しておかないと、必ず忘れてしまうので、記録しておく。

 

【歩くことは出来る】

左足の感覚:重い。自分が想定しているよりも足が前に出ていない。
何かにぶつけてもそのまま押し切ろうとしてしまう。足の外側が痺れている。
足が出ていかなくて、電車とホームの隙間に落ちた。痛かった。

右足の感覚:右足の親指のしびれがある。

 

【感じていること】
左足が動きにくいことで、すべてがもったりしている。
他人から見れば、どんくさいとなるのかもしてない。
しかし、本人は本気だ。いつも通りに動いている。
動きにくいから、瞬発力が奪われる。

他人にはわからないかもしれないけれども、常に気になる。
父親が足の痺れが取れないと、いつも言ってくるのだが、今までは何言ってるんだと思っていた。
今であれば、気になるのだろうな、ということがわかる。
もっと優しい言葉をかけよう。

 

【すべては連動している】

身体の不自由は、精神の不自由に通じると感じる。
動けないから、上手くいかない。うまくいかないから、自分はダメだ。

そんなループに入っている。

そんなときは他人から何を言われても、自分への否定と捉えてしまう。
相手はそんな気持ちはまったくないのに、自分自身が自分の敵になってしまうのだ。

治すべきところは治そう。正すべきところは正そう。
自分が否定されているわけではない。

というよりも他人は自分が思っている以上に、気にしていない。
それぞれ自分のことでいっぱいなのだ。自分のポジションで精一杯頑張っているのだ。
何か言ったとしても忘れている。

 

気にしなくていい。

さぁ楽しんでやってみよう。

やりたいことを何度も練り直そう。

一年前に自分のやりたいことを話した動画を見ました。

 

話していることが、今考えていることと全く同じでした。

 

成長していない。。。

という印象を受けましたが、

逆に言えば、ぶれてない。

 

いろんなことを勉強したり、体験したけれども、

結局やりたいことは、変わってないんだ、ということを確認することができました。

 

今見直したことには、意味がある。

やりたいことを何度も練り直そう。

 

さぁ楽しんでやってみよう。

いつでも死んでもいいという状態をつくる。

自分のエネルギーが下がっている時、全てにおいて上手くいかなくなる。

 

仕事の効率が下がるから、時間がかかる。

残業になる。

寝る時間が遅くなる。

睡眠不足になる。

身体の回復も遅くなる。

風邪を引く。

怪我をする。

起きれなくなる。

 

一つでも自分が満足出来ることをする。

ゆっくり眠るでもいい。

運動をするでもいい。

呼吸法を試すでもいい。

掃除をするでもいい。

 

少しでもプラスに変わるように、悪く言われたことは反省して改善しよう。

 

いつ死んでもいいという状態を作ろう。

掃除、洗濯、お風呂、整理、身を、回りを綺麗にする。

 

それをやったら、やってやったぞと、自分を認めよう。

いつ死んでもいい、だから、今、できることに注力する。

 

さぁたのしんでやってみよう。

空気に満たされているように、愛に満たされている。

自分自身のエネルギーが下がるときがある。


恋人と別れた。

仕事で失敗した、怒られた。

寝坊した。

怪我をした。

風邪をひいた。

他人の優秀さを感じて、自分に価値が無いと考えてしまった。

などなど。

 

そういうときは、自己肯定感が下がってしまう。

追い打ちをかけるように、何かを話すと、相手に拒否をうける。

その拒否自分に対する否定と捉えてしまい、自分が認められていないと感じる。

それでさらに自分を責める。

 

もういいじゃないか。

 

世界でたった一人の自分という最高の仲間を責めるのはもう止めよう。

 

小さなことでいい。

今、自分が出来ることを認めよう。

最高を求め過ぎなんだ。

 

自分が存在してくれるだけでいいと愛してくれる人、愛してくれた人の顔を思い出そう。

それだけで十分じゃないか。

 

もっともっとを求める必要は無いだろう。
もう自分は愛で満たされている。

 

求めすぎる必要はない。

 

空気に包まれているように、自分はもう愛に満たされている。

 

さぁ楽しんでやってみよう。