性快説

それぞれの人は考え方が違う。

育ってきた環境が違うから。
宗教が違うから。
そして、その時の置かれた状況も違うから。

良いと思っていてもできないこともある。
悪いこととわかっていても、やってしまうこともある。

性善説、性悪説、諸説あるが、
僕にとって、人が生まれながらに善なのか、悪なのかは、
どちらでもいい。

気になるのは、
自分自身も含めて、いいと思っていることを何故出来ないのだろう。
悪いと思うことを何故やってしまうのだろう。
ということ。

今の自分の結論は、人は自分の気持ちのいいことをする。

自分が快を感じることを選ぶ。

朝の二度寝はやらないほうがいいけど、気持ちいいからやっちゃうし。
飲み過ぎないほうがいいんだけど、気持ちいいから飲んじゃうし。

では、いかにして、その快を自分がやりたいと、自分がありたいと思う状況と結びつけるのか。

やりたい、やるべきことをやることが「快」であることを躾けること。
もしくは、いまやっていることが「快」であるという理由付けをきちんと言語化しハラオチすること。

毎日がキモチイイ!!!とドーパミン、吹き出しまくってる奴と
しかめっ面で明日のために今日は我慢すると言ってる奴

どっちの人生を過ごしたいか。

童話アリとキリギリスでは出てこないけど、
毎日キモチイイ!!といって、仕事してるアリはいる。
自分はそうありたい。

さぁ楽しんでやってみよう。