どんな涙を流したいのだろう。

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僕は、小学校1年生まで大阪の枚方市で育った。
建築会社で働く父の勤務先が大阪だったからだ。

 

僕の記憶にある家は、鉄筋コンクリートの4階建ビル。
階段が2つあり、それぞれの階段左右に3Kぐらいの部屋があり、全部で16部屋、
父親の会社の社宅だった。

 

全部で16家族、厳密には、1部屋2部屋は、会社の独身の男性たちが共同生活を行う寮みたいになっていたので、
もう少し少なかったかも知れない。
父親は団塊の世代。

今のように晩婚化が進んでもいなかったので、
同世代の家族がほとんどだったと思う。

 

両親の年齢も近く、その子どもたちの年令もほどんど同じだった。
全部合わせると10人ぐらいの子供が住んでいただろうか。

 

そんな社宅に僕は住んでいた。
社宅の裏にはスベリ台やブランコがあり、小さな公園のようになっていた。
毎日、裏の公園で友達と遊んでいた。

 

ボールを蹴ったり、鬼ごっこをしたりしていた。
小さい頃から、僕は足は遅かったのだろう。


鬼ごっこの時に、誰にもタッチできなくて、
ず~~~と鬼になったことがあった。
悔しくて泣きながら追いかけた。

タッチできないことが悔しいというよりも寂しかったのか、
それからも、タッチできないと泣きながら鬼ごっこをやっていた。


ある日、4階の家からそれを眺めていた母親が、
僕が泣いている事に気づき、慌てておりてきた。


泣きながら、鬼をやっているので、
いじめられているとでも思ったのだろう。


僕は、別にいじめられているわけではなく、ただ単純にタッチできなくて悔しくて泣いていただけで、
泣くとダッシュのスピートが速くなるとみんなも言ってたから、自分の中では秘密兵器みたいに思ってた。

その時、母親からなんて言われたかは覚えていないけど、
鬼ごっこで泣くことは、余りよろしいことではないということを知り、
それ以来、鬼ごっこで泣くことはなくなった。


けれど、最近、あの頃のような涙をよく流す。
初段プロジェクトで自分ひとり、昇段試験を受けれなかったあと、
深酒をして、感極まって泣いた。
よくわからんけど、泣いた。


ある勉強会で知り合った人達のカラオケでなぜか涙が止まらなくなった。
よくわからんけど、泣いた。

クールを気取るつもりもないし、別に人前で泣くことも構わないのだけど、
最近、簡単に泣いてしまう。


泣けるほどの努力をしたのかって言われると、NOで、
僕の涙は、努力が報われなかった涙ではなく、
その努力をしなかった自分が悔しくて涙がでてくるのだ。

ただ、そういう涙はよろしくないことも思い出してきている。
泣くならこっちの涙の方がいい。

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