今、この瞬間を生きるために、「今、自分の感じている感情に蓋をしないこと」やってみませんか?

今ここを生きるための方法として、

禅、マインドフルネス、SIY、瞑想など、沢山の方法が世の中には溢れています。

 

それらの方法は、素晴らしいのだと思うのですが、

私が、今、やっている「今を生きるため」にやっている方法は、すごく簡単です。

「今、自分の感じている感情に蓋をしないこと」

 

胸の奥にある自分が今、本当に感じていることを

素直にそのまま出してみる。

もしくは、その感情をより大きくことばにしてみる。

 

嬉しければ、よっしゃーうれしー!!!

悲しければ、ぐすぐす、、、悲しい…。

楽しければ、すげーメチャクチャたのし~!!!

悔しければ、うごォ~~くやしい!!!

 

なぜ、そんなことをやっているかというと、

私は、今まで物事について、

「ポジティブに捉えることが常に正しい」と考えて、

それを実践してきました。

 

自分自身が傷つき、本当に泣き叫びたいときも、

相手の立場にたてば、そうすることも仕方ない、自分が至らなかったのだ、

自分を高めるために、神様が与えてくれた素晴らしい試練なのだ、とずっと考えていたんです。

 

けれども、それらの思いは、私の中では昇華しきれてませんでした。

ずっとずっと、私の心の奥底に、澱みづつけ、ぶすぶすくすぶり続けました。

 

そんな思いには、蓋をしなければならない、

そして、その思いに蓋をしようとするたびに、

こんなネガティブなことを考えてしまうのは、

自分自身の心の修行がたりないから、こんな気持になってしまうのだ。

 

もっとポジティブに、さらにポジティブにと、自分自身を追いこんでいました。

そして、それができない自分を責めてもいました。

そんな状態では、今を生きることなんて出来るわけがないのです。

今の自分を否定しつづけているのですから。

 

それに対して、「今、自分の感じている感情に蓋をしないこと 」 は、今の自分の感情を肯定する行為です。

今、自分が感じている感情は、真実そのものです。

 

その真実そのものをあなたは100%信じることは出来るはずです。

 

あなたの感情はあなたにしかわからないことだし、誰かに否定されることでもありません。

 

例えば、あなたが「嬉しい!!!」って思い、その嬉しさを口に出したとき、

誰かから、「いや、それは違う。あなたは悲しいはずだ!」って言われたとしましょう。

あなたは、「いやいや、私が嬉しいって感じて、嬉しいって行ってるんだから、嬉しいんだよ」と100%の自信を持って答えることが出来るでしょう。

しかし、「感情に蓋をすること」が癖づいてしまうと、それができなくなるんです。

自分は「嬉しい」と思っているのだけど、あの人が「悲しい」と言っているのだから、私は「悲しい」のかもしれない。

感情は「イヤ」なんだけど、空気読めば、「アリ」なのかもとか。

それは、ポジティブの感情であっても、ネガティブな感情であっても同じだと思います。

そうすると、100%絶対であるはずの自分の感情に対してすら、疑いを抱くようになります。

 

この感情という物差しを放棄し続けた結果、

人は、「今この瞬間を感じること」ができなくなってきているのだと、私は考えています。

 

今、この瞬間を生きるために、「今、自分の感じている感情に蓋をしないこと」やってみませんか?

僕たちは、価値の転換期に生きているのかもしれない。

お金を循環させる循環型社会。

信用を基礎媒体とし、自分が使い必要のなくなったものを次の世代に渡すという社会

その中で必要なものは、輸送費で、整備費だけ、

物質そのものに対して価値がなくなる世界。

しかし、そんな世界が来るのだろうか。

富を得たことのある人は、その富を手放そうとはしない。

超優秀外資系企業に務める男前の友人

循環型経済なんて実現できない。

お金の価値を0にすることなんてできない。

なぜなら、僕は美味しいもの食べたいから。

知っちゃったから、それをまた食べたいと思う。

僕は資本主義社会を否定することはできない。

という。

 

自分自身も考えると、コンビニのない生活は、想像できない…。こともないか。

インターネットのない生活、Amazonがない生活は想像できないなぁ。

それだけお世話になっているし、利用している。

 

今、得てしまっているものを、全部捨てて、昔の農民のような暮らしをすることができるだろうか。

 

僕自身は、ある一定額以上のお金があれば、それ以上は必要ないと感じているんだけれども、

それは、理想とする金額以上を稼いでいないからだけなのかもしれない。

 

自分だけであれば、問題ないのだけども、まだ見ぬ自分の子供に影響をあたえるとなると、

う~ん、と考えてしまう。

 

何かと何かを比べることによって、

僕たちは経済を発達させてきた。

その比べる基準として使ってきたのはお金。

 

そのお金という基準を手放すこと。

 

もしかするとお金という基準が変わるだけで、

別の基準に変わるだけなのかもしれない。

信用とか。歴史とか。

ただ、僕たちは価値を比べることはなくならない気がする。


人は比べることはやめない。

なぜなら、人は増えることに喜びを感じ、減ることに痛みを感じるからだ。

その感情は、教育では変わらない。

 

ただ、その比べるための基準が変わる、価値を測定する方法が変わる。

 

そんな時代の転換期に僕たちは生きているのかもしれない。

「今、自分に何をできるのか」にコミットすればいい。

今、サムライ塾という場で、禅や日本の歴史、サムライの心など、多種多様なことを学んでます。

 

その場に、参加されている人は、務めている企業も上場大企業ばかりですし、

自分で起業している人もいます。

 

そんな自分が最下層という場で学んでいるのですが、

面白いなぁと思っていることは、

 

すごい企業に務めている人、すごい経歴を持っている人も、

僕と同じようなことで悩んでいるし、

僕ができることで、できないこともある。

僕が知っていることで、知らないこともある。

 

まぁ、その逆で、僕ができない、持っていない、知らないことの方が多いのですが、

それは、お互い様ということにしておきます。

 

自分ができないこと、できていないことに、目を向けて、凹むのではなく、

「今、自分が何をできるか」に目を向けて、コミットすればいい。

自分の心の底にある本当の気持ちを大切にして、
「今、自分が何をしたいのか」を言葉にすればいい。

今、この瞬間を大切にしていこう。