母の言葉

最後の最後に年一の言葉が更新されました。

「あまり周りに振り回されんさんな。」

 

今年一年、仕事、サムライ塾等で、いろいろな出来事がありました。

自分自身に自信が持てず、自分自身が行っている行動、判断に対して、

周りにどう評価されるのかと、常に不安を感じていました。

そして、現実は、僕が全く想定していた最低の更に下をくぐっていきました。

僕は、どん底を感じました。

そして、何もできない自分、人に迷惑をかける自分、必要とされていない自分、

そんな自分は必要のない人間なんだと思いました。

 

自分ひとりでは、身体も動かず、仕事も処理できず、どうしようもなかったので、

沢山の人に助けてもらいました。

 

母も東京に、私の生活のフォローをするために出てきてくれました。

母は、私という存在を、何も評価せずに認めてくれました。

大切なものとして扱ってくれました。

 

今日、レーシック受けたあと、裸眼での初めての1日を過ごしましたが、素晴らしい世界です。

今まで、私はコンタクトレンズ、メガネというフィルターを通して、世の中を見てきました。

これからはガラス越しにキスではなく、直接的に世界を見ることができます。

 

けれども、私にとっては、現実の物質的なフィルターよりも、自分の頭の中にあるフィルターの方が何倍も分厚いかったようです。

誰かに評価されたいという気持ちが大きすぎました。

評価されないと、必要とされないと、存在意義がないと思っていました。

 

まぁ確かにそうだけれども、

まぁ確かにそうらしいけれども、

まぁ確かにそう言われてるけれども、

まぁ確かにそうかもしれないけれども、

自分には、評価をせずとも、私という存在を認めてくれる素晴らしい両親、家族、仲間、大切な人達がいます。

であれば、周りからの評価なんて気にしなくていい。

 

どうせ、私はいつ野垂れ死するのかわかりません。

であれば、今を自分自身が楽しんでいる状態で死にたいと思います。

 

今年一年、沢山の体験をさせてもらいました。

嬉しいこと、楽しいこと、凹むこと、悲しいこと。どうしようとパニックになったこと。

すべて全力で体験し、満喫しました。

全ては必然です。

「うけたもう」「敬天愛人」「大丈夫」

すべて達成できました。

 

周りに振り回されず、自分の基準で進みます。


今年一年、ありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。

レーシック受けたぞー。

今、レーシックを受けてきた。

目が痛い。

けれども、すごい嬉しい。

俺、見えてる!!!

 

小学5年生から、ずっと眼鏡。デブメガネの名を縦にしてきた俺。

高校で、初めてコンタクトを買い、その自由の広がりに感動したものだけれども、

今、もう一度その感覚を味わっている。

 

手術は結構怖かったけれども、視力が俺と同じ0.03ぐらいの強度の近視の人は絶対受けたほうがいい。

ハロー・グレアなんてくそくらえ。

だって見えるんだもん。

今までの裸眼では、夜の街頭は、光のぼやっとした◯だった。

今は、ちゃんと街頭と認識出来て、ちょっとぼやけて見えるぐらい、ほんとに誤差の範囲。

 

目の前にあるものは、はっきり見える。

ただ目が痛くて開けられない。今日一日はしょうがない。

痛み止めを使ってなんとか凌ぐ。

これで世界がまた広がった。

メガネ、コンタクトからの開放。

これから、自分の目で色々なものを見ることが出来る。

楽しみだ!!!

明日レーシックを受ける!手術前の自分の今の心境を残しておく。

明日レーシックを受ける。

レーシックを受ければ、この今の状態の心境は忘れてしまうだろう。

一生に1度しかないはずなので、自分の今の心境を残しておく事にする。

【現在のスペック】

38歳、男性、両目ともソフトコンタクトの-10.0(裸眼視力0.04らしい)

裸眼で本を読むには、顔と本の距離が10cmぐらい。

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一番上の写真は、眼鏡を通して見える顔の縁と現実の顔の縁を比べてほしい。

メガネをかければ、中→下のように、目の大きさが8掛ぐらいになる。

 

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あまりの目の悪さに、10年以上前から、レーシックを受けたいと考えていた。

10年以上前といえば、広島に住んでいた頃。

その当時、広島でレーシックを受ける事ができる病院は2件しかなかった。

1件は料金30万、医師が手動で行う手術。

10年前は、マシンで行うレーシックが普及し初めており、医師が手で行う手術にリスクを感じたため、断念。

もう一軒は、価格は20万、そして、マシンで手術を行う。しかし、通院に車で1時間以上かかる。

どうやって帰ればいいか??という手段が思いつかず、断念。

10年前に東京に来てからは、大地震のときにいつでも走って逃げられる体力や、

好きな人を抱えて逃げることの出来る身体を身につける方向にシフトしており、レーシックのことを忘れていました。

 

今回、左足の動きが悪くなったことで、

「大地震が起きたとしても、走って逃げることができないかもしれない。

その場合はなにが必要なんだっけ?」という思考の原点回帰を行いました。

その結果、

僕は、メガネ、コンタクトがなくなったら、全てがぼやけて見えてしまう。

今の裸眼視力であることはリスクであるという結論に達しました。

 

更に、コンタクトつけたり、はずしたりすることがめんどくさくなりました。

毎日、朝5分、夜5分、合計10分を毎日捧げるとなると一日10分。

80歳まで生きると仮定すると、42年✕365日✕10分=153,300分=2555時間=106日にもなります。

ここに、コンタクト自体を買うためにかかる時間、目の検診に行く時間などの時間がたされるのです。

 

しかし、一応、計算しましたが、いつ死ぬかはわからないので、106日余るとかは、どうでもいい話です。

それよりも、僕が伝えたいことは、

「いつかやると言っているかぎり、その日はずっとこない。

今の現状でいいなら、それを自分の中で認めて一生付き合え。

今の現状が嫌ならば、リスクを取ってでも行動しろ。

今の生活を豊かに生きることが人生を豊かにする。」

 

神様、「角膜が薄いからレーシックできません」とか言われませんように。

レーシック前の心境は以上です。

結局、整理整頓が一番大切なスキル

僕は整理整頓が苦手だ、というか全くできていない。

それは、本当に大切な部分が何なのかを、抜き取ること、仮説を立てることを恐れているからだと思う。

10学んだならば、10から減らすことが怖いのだ。

しかし、大切なことは、10覚えていうことではなく、どれだけ成果を上げることができるかなのである。

パレートの法則が示すように、10のうち2割が、成果の8割に関わるのだ。

例えば、全ての人が10のスペース分だけ、覚えていることが出来るとする。

整理整頓ができない人は、10のものをそのまま覚えて、10の成果をだす。

一方、整理整頓が出来る人は、8の成果を生む大切な2を抽出して、残りの8は捨てる。

そして余った隙間に、新しい成果の出る2を持つことができる。

人は、10覚えておく事ができる前提だから、整理整頓の出来る人は、

8の成果をうむ2✕5つ=40の成果を上げる事ができる。

このように、成果に注目すると整理整頓を行うことが必須となる。

 

沢山学んだとしても、結局、使って成果を挙げなければ、その知識に意味は無いのだ。

成果がなければ、その学びの時間は無駄なのだ。

 

さあ捨てよう。年末の整理整頓をやろう!

来年は毎日コツコツを整理整頓をしよう。

ながらでしない。丁寧に行う。

一日一つずつ積み上げることを訓練として行う。

一歩ずつ一歩ずつ。

 

「深夜の馬鹿力」聞きながらだと、文章を書くのに、いつもの5倍はかかる。そして、内容も薄い。

ながらで行うと、興味関心が「いまここ」からなくなってしまうのだ。

興味のないことは、成長しない。

せっかく積み上げると決めて、行動しているのだ。

せっかくだったら成長しよう。

資格なんてのは後から掴め。

心友の羅王(AKB)から、年末に年一の言葉をもらいました。

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君は、すぐ「自分にその資格があるのか?」を問うてしまい、尻込みする。

 

そんなのファッキンシット

 

資格なんてのは後から掴め。

 

資格なんてないよ。はっきりいって。

 

だけど、目の前に最高の試練の場がある。

 

漢ならどうするか?だ。

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純粋に心が沸き立つメッセージ。

 

キャンプファイヤー越しに話かけているかのようでもあり、

肩を組みながら、話してくれているかのようなメッセージ。

 

心を動かすメッセージとはこういうものなのだろう。

文章の流れや、良し悪しについて、詳しいことはわからないが、

間違いなく、僕の心は動かされた。

 

彼にとっては、呼吸のように当たり前に出てきた言葉なのかしれない。

その言葉が出て来るまでには、僕には想像もできないよう言葉、文章に対するこだわりがあるのだろう。

 

こんな熱い言葉を紡ぐ漢のブログは、こちら


素晴らしい心友に出会えたことを感謝したい。

仕事で失敗したけど、なんとかなりそうなんだ。

今日、仕事で失敗したんだ。

だけど、周りに助けてもらい、なんだかんだとうまくできそうなんだ。

もちろん、失敗したことで周りに迷惑をかけたし、手伝ってもらったので、反省するし、次回からはこうしようという思いもあり、凹んでもいる。

けれども、今日感じたことは、これって結局失敗なの?ってことなんだ。

最終、手伝ってもらって、なんとかなりそうになってる。今までも、失敗したけど、なんとかなってきた。

今までは、失敗したら→怒られる・評価が下がる→仕事がなる→どうしよう、

と考えて、自分はダメなんだ、できない人間なんだと、凹みに凹みまくっていた。

それって、自分が勝手に不安に思っていただけなのかもしれない。

他の人に任せるからと言われると、自分ができない人間だからダメなんだ、とか考えてしまっていた。

けれど、他の人が出来る仕事なのであれば、それは他の人におねがいすればいいんだ。

もちろん、出来るようになりたい、こんなこともできないのかと、思うのだけれども、それが今の自分の基準なんだから、それはそれで全力ですと認めればいい。

次回から、その基準を高めればいいんだ。

できないこと、苦手なことは、他の人にお願いして、自分にしかできないこと、貢献できることをやればいいんだ。

TeamViewerが父親のPCの設定をするのに便利だった。

父親の使っているパソコンにウィルスソフトを入れるために、

TeamViewerを使ったら、かなり便利だったので、おすすめします。

先週、父親がパソコンがウィルスに犯された、、ウィルスソフト入れてほしいとメールで連絡してきました。

どうもPCの調子が悪いと電気屋に持っていったら、ウィルスに感染していると診断されたそうです。

僕が購入しているウィルスソフトが、複数利用が可能だったため、父親のPCにそのソフトを入れることにしました。

電話で説明すると手間がかかりすぎると感じたため、TeamViewerを使って、遠隔操作でインストールすることにしました。

なぜ、TeamViewerかというと、僕がそれ以外のソフトを知らないからです。

他のソフトも使っていませんので、ソフト比較もできません。

けれども、素人に遠隔で電話越しで説明しながら、ソフトをインストールさせるという作業より、

圧倒的に便利でしたので、ご紹介いたします。

【TeamViewerの良いところ】

① TeamViewerとググると一番上にHPが出てくる。HPログインすると、すぐにダウンロード出来るボタンがある。

② 操作される側は、ソフトを立ち上げて、表示されるIDとパスワードを相手に伝えるだけ。操作する側も、IDとパスワードを入れるだけ。

③ 遠隔操作される側がQuickSupportを使えば、ソフトをインストールしなくても遠隔操作が可能。

(メールでTeamViewerQSファイルを送り、それを開けば作業が可能)

 

TeamViewerを使うことによって父親に説明する必要もなく、自分でサクサクとPCにアンチウィルスソフトを作業することができました。

もしこれで僕が電話越しに、父親に説明しながら、作業してもらっていたらと考えるだけでも恐ろしい。

「なんでできないんだ」とか、不必要なストレスを感じたことは間違いありません。

少しでも恩返しができればと思っているのに、ここで、喧嘩したら、また広島に帰りたくなくなってしまう。。。

こういう小さな事でも、父親とのコミュニケーションがとれているというのは非常にありがたいことです。

ご両親と離れて住んでいる、そして、ご両親のパソコンを設定しなければならない方がおられましたら、TeamViewerを是非使ってみてください

足掻くと決めたのだ。

僕は足掻くと決めたのだ。

やらないこと、続けないのは簡単だ。

書かなければいいだけのこと。

行動しなければいいだけのこと。

僕は弱い。自分自身に言い訳をして、やらない理由を積み上げる。

「今日は眠い」

「時間がない」

理由にもなっていないことを正当化する。

数行を書くことに、何分かかるんだい?

時間が無いわけではないのだ。

やりたくないのだけなんだ。

すぐに効果が出るわけないのに、やって何の意味があるのか?なんて考える。

結果はすぐにはでない。

それでも足掻く、と決めたのは自分。

しんどくても、辛くても、足掻くのだ。

その足掻きは、最後に自分の糧になってくれると信じて。

あるあるある、で周りに配ろう。

ナイナイナイ、お金がたりない。
ナイナイナイ、スキルが足りない。
ナイナイナイ、時間が足りない。

 

ナイナイナイばかり言っていると、今が幸せではなくなる。
今ないものばかりを見ていると、今のあるものの幸せを感じることができなくなる。

未来への投資をしなくてもよいと言いたいわけではない。

ただ、ナイナイナイばかり言っていると自分に余裕が無くなる。

すると周りに気持ちを配ることができなくなる。

あるあるある。

で周りに配ることを心がけよう。