スピ系を信じるけど、信じない。

人知を超えたもの(サムシング・グレート、神、霊、死後の世界)などなど、
今の自分に、その他の人達にも認識できないものは、多々あるのだと思います。


実際、未来、過去については、思考が生み出した幻想であることもわかります。
それが恐怖を生み出すことも、淡い期待を持たせて、現実を希薄化させていることも、認識できてきました。

ただ、現在の行動を元に出てくる結果というのは、多分に大きくはずれないことは確かです。

今までと全く同じ行動をして、弁護士になることはできません。
弁護士になりたい!と理想を頭に描きながら、潜在意識にまで叩き込むほど、思っている人が、毎日何時間も勉強するからこそ、試験に合格されるのでしょう。
思考は現実化するというのは、本当のことなのだと思います。思考を現在まで落とすことが必要なのだと思います。
理想をイメージすることは、エネルギーです。


そして、いまここも現状維持というエネルギーを持っています。
理想のイメージのエネルギーを少しずつ、いまここに加えていくことで、少しずつ理想に近づいていくのだと考えています。

 

ここまでは信じる理由です。

ここから信じない理由になります。


スピリチュアル系には、「私には見える、わかる」って方がいます。
実際、本当にその方には見えているのだと思います。
残念ながら、僕には今は見えないので、その言葉を否定することはできません。
(というよりも、ないものをないと証明することは「悪魔の証明」と言われるぐらい困難です)
そして、相手は、自分にしか見えていないという有利な立場+相手の心をコントロールする術にも長けている。
こうなると、すべて相手の場になってしまいます。


信じていまいが、「あなたの人生に悪いことが起きます」と悪いことを言われれば、それを除こうとするのが人の心です。
そこまで高い金額でなければ、払う人もいるかもしれません。
安心を買ったとするのです。

問題は、本当に信じ、それを買わないと幸せになれないなどの強いコントロールを行ってくる場合です。
比較対象がないので、自分には値決めする権利がなく、すべて相手の言いなりです。

そして、既にそういう高価なバックエンド商品を出してくる時には、消費者の教育は完了しています。
価格交渉権がまったくない場面でお金のやり取りをすることの愚。

もちろん、信じる者は救われるということもありますので、すべてが悪いというわけではありません。
一番の問題は、幸せを得る方法を相手に全て委ねてしまうことなのだと思います。

 

二度とない人生だから、さぁ楽しんでやってみよう

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今日のラン 9km(月間目標 28.9km/200km 2月28日まで)

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禅について、僕の理解

サムライ塾で禅を習い始めたのですが、
そのときには、ほとんど理解ができていませんでした。

理解することではないと、近藤さんに怒られそうですが、
今の僕の禅に対する理解を記しておきます。

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人は思考によって、世界を認識し、自分だけの世界を生きている。
誰かと同じものを見たとしても、それぞれの認識、観念、解釈によって、見ているものが違う。
たとえば、エスキモーには雪を見分ける言葉が50あるという、津軽の人には7つの雪の種類があるという。
僕は「こ~な~ゆき~」ぐらいしか知らない。
同じものを見たとしても、人のそれぞれの背景による解釈があるということだ。

そして、過去、未来も、実は考えることによって、その人の頭の中で生じているのだから、これも思考である。

座禅とは、思考を止める訓練であり、過去も、未来もそれらは全て思考であることに気づくための訓練である。

そして、その思考を止める訓練(座禅)を繰り返すことにより、全ての不安、恐れ、恐怖などの苦しみは、

過去、未来に対する思考から生じていることを認識することができるようになる。

その結果、自分がいる「今、ここ」しかないことを感じる事ができる。

また、今、僕が見ているものは実在しているが、見ていないものは存在しないのだ。
見えているもの以外はすべて思考である。

また、見えているものも自分自身の認識、観念という思考から生じているものであるから、
すべては「ない」とも言うことができる。

だからこそ、思考に縛られるのではなく、「今ここ」を全機現で生ききることが大切なのである。

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うん、書いてみたけど、理解できてないね。。。

少しずつ書いて整理していきます。

 

二度とない人生だから、さぁ楽しんでやってみよう。

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今日のランニング 10km


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いまここ

いま、現在に意識を向ければ、不安はまるでないのに、
未来について考えると、すぐに不安になれる。

今ここで満たされているにの、
この状況が無くなると考え、不安になる。

諸行無常、
常に物事は変化する。
自分自身も変化する。


なんでもやればいいじゃないか。
卑屈になる必要はない。
生きてるだけで丸儲け。
明るく楽しんで、余裕をもって。
すべてが学び。

さぁ楽しんでやってみよう。

大いなる何かがあるとしても、自分が想像し動きださなければ、現実化はしない。

最近、易を見てもらったり、スピリチュアル系についての本を読んでいるのですが、
そのたびに、自分を超えた大いなるなにか(それは大宇宙、サムシング・グレート、タオ)があるのではないかと考えさせられるのです。
科学でもわかっていないことがあるこの世界、ましてや、自分の知っていることなんて微々たるものです。

ただですよ。
大いなる何かが流れているのであれ、
あなた自身に、向いていること、向いていないことがあるのであれ、
あなたに中にトラウマ、ビリーフがあるのであれ、
あなたが心理的に弱いのであれ、
なんであれ、あなたが思い描き、動き出さないと、
周りから与えられた世界でしか生きることができません。

辛いかもしれないけれども、
走りださなければ10kmは走れないし、10km走れれば、20kmも走れるようになるだろうし、
すこしずつでも距離を伸ばしていける。
気がついたら、遠くまで来ていたということもある。
一日で100kmも走れる。


自分の人生を、他人に任せる事もできるし、大いなる何かに任せる事もできる、
けれども、あなたがやりたいことは、あなた自身がやると決め、動き出さなければ何も始まらない。
いつまでにやり遂げると決めなければ何事も進まない。
利他がすばらしい、と言っていても、利他利他言っていたら、誰かに利用されるだけの人生になる。


今を必死で立ち向かったのであれば、それが自分の考え方のバグだったのか、視座が低かったのか、見通しが甘かったのか、
原因に気づく事ができるのだと思うのです。

大いなるものがあるとして、
最終的に気づくことができるのだと信じています。


大いなる何かがあるとして、
自分を信じきりましょう。

二度とない人生だから、大丈夫、さぁ楽しんでやってみよう。

何かを学ぶということの目的

自分がしてきたことは、学びのための学びではなかったか?ということに、気がつきました。

何を勉強したとしても、それを実践しなければ、何の意味もありません。

 

そして、沢山の新しい本を読むことに躍起になり、新しい本、新しい本と言っているうちは、
それらの本の内容は、自分の糧として定着していませんでした。

本を読むことにより、先人たちの叡智を知ることはできますが、
大切なのは、ただ知るだけでなく、先人たちの叡智を加え、
自分自身の人生をより善くをするための仮説を、
磨いていくことなのです。

単純に本を読んでいるだけでは、ただ、本を流しているだけ、人の意見を聞いているだけです。

 

一冊の本の中は、大宇宙の法則の断片が必ず入っているとして、学ぶ。
今、自分がこの本を読むことで、次の誰かを助けることができると考えて学ぶ。

 

自分の命を何のために使うのか。
堅苦しく考えるのではなく、自分は何が好きなのか。
何に対して興味があるのか。
今の目の前を気楽に過ごすためだけに使うのか。
それとも、自分がいる世界と居ない世界で少しでも何かの違いを残したいのか。

 

学ぶことは沢山あります。
それらを踏まえ、自分の仮説、自分のより善く生きるを磨いて生きます。

 

さぁ楽しんでやってみよう。

大雪でも大丈夫だった話

今日、東京は大雪でした。
職場も、電車が止まるから、早く帰れる人は帰るようにというお達しが出ました。
私は、急ぎの仕事というか、ねばならない仕事があったため、早めの帰宅はできず、
とりあえず、自分の仕事にケリが着くまで、仕事をして帰ることに決めました。

周りのみんなは、家が遠いこともあるのですが、電車が止まりそうだ。
と、急いで帰っていたのですが、駅で1時間~2時間まったようです。

 

僕は、電車が止まっているのであれば、12kmぐらいだし、歩いて変えればいいや。

大丈夫。

対応できる。

と考えていました。

先程帰宅しましたが、駅でも全く混むこともなく、電車もガラガラで乗ることができました。

 

9月に熊本に行った際に、

その帰りの便に、台風の来日がドンピシャであたり、
飛行機が東京到着するときに、台風が東京に到着するという状態になりました。

僕は、翌日の朝には、遅れず出社したかったため、

日曜日の最終便を、翌日の始発に変更しました。

これで、月曜日の朝に遅れずに出社できるぞ!!
俺は段取りの組める人間だ!としてやったり、と考えていたのです。

 

しかし、朝、6時に空港に向かい、始発の飛行機に乗ろうとすると、、、

欠航の文字…。???

なぜだ。。。俺は最高の段取りを組んだじゃないか!

 

話を聞くと、
熊本→東京の最終便は時刻は遅れたけれども、東京まで向かい、
東京→熊本の最終便が、遅くなりすぎたために、出発できず。
朝一の熊本→東京の飛行機は、飛行機が熊本にないために、欠航。

ということでした。

 

この差は何だったのか???

僕は、心が「どういう状態の気持ちを持っていたか」が、現実の結果に影響したのではないかと思います。

今日の僕は、「なんとかする、なんとかなる」という気持ちを持っていました。だから、大丈夫だった。
熊本の時の僕は、「遅れたらどうしよう、帰れなければならない」という風に恐怖に支配された気持ちを持っていました。

だから、飛行機が飛ばず、遅れた。

根拠があるわけではないですが、心が「できる、大丈夫」という気持ちを持っていれば、上手くいくし、
「できない、上手く行かない」という状態の気持ちを持っていると、その通りの答えが返ってくるということ。

「計画は悲観的に。実行は楽観的に」という言葉があります。

悲観的に計画するといっても、「最悪のパターンとして、こうなったとしても、このように対応する」という計画を立てているわけですから、
「失敗したらどうしよう…。」と言うように失敗の気持ちではありません。

 

サムライ塾でも、最悪こうなるかも、認識を持ち、対策を取ることで、
「先の先をとれ」と学びました。

最悪のシナリオになったとしても、なんとかなるような計画を立てることは、
心には大丈夫という気持ちを植え付けることができる。
「先を取られて、負けたらどうしよう」ではなく、「先を撮られたとしても、こうなったら逆転できる」と、
先の先をとり、そうならないように準備していく。
それも、悲観的にならず、天が引き寄せられたくなるような気持ちで。
天が「こいつのとこやったら、楽しそうやし、行ってやってもいいかな」と思われるくらい楽しそうに、準備すること。

大丈夫。
うまくいく。

 

さぁやってみよう。

ご縁の凄さと、思ったことが現実化するということ

本日は、サムライ塾5期からの、サムライ塾、主宰:近藤さん、5期ステコミ、塾員への感謝祭を開催してもらいました。

 

次の6期ステコミリーダーになった、スミさんの会社である

品川測器で開催していただきました。

 

元々の近藤隆雄さんの思考を共通認識とし、それに共感する人だけが集まっている空間です。

心地よくないはずがない!(心地いいというのは、自分の進みたい方向と周りが一致していること)

って、実際、素晴らしい空間でした。

 

5期生のみんな、本当に有難う。


また、次回書きます。

 

さぁやってみよう。

易を見てもらうの巻、その②

サムライ塾で出会ったマッキーが易を見れるということを知る。

僕自身の易をマッキーに見てもらおうと思っていたところ、
「あまりに深刻そうだったから」という理由で、
マッキーの師匠である西浦先生に易を見てもらえることになった。

 

【西浦先生に質問したこと、とその答え】

Q:東京に来て、自分なりに必死で頑張ったのだが、上手く行かなかった、その原因はなんですか?

・東京に来てから、あなたはずっと自分の心に相談しなかった。
一番の相談相手である自分の心の声を聞かなかったのだから、上手くはいかないよ。
あなたには、東京はペースが早すぎる。広島でも、どこでもいい、あなたに適した場所は、東京以外のどこか。

Q:私は結婚できますか?

・自分が確立すればできるんじゃないですか。
あなたは、相手に合わせることのできない人。
だから、相手に合わせてもらうしかないですよ。
あなたがフラフラしていたら、相手が合わせられない。
自分が確立できたら結婚できると思いますよ。
全然ハードルは高くないですよ。あなたは変わる必要が無いんだから、
軸をしっかり確立することができれば、そんなあなたに合わせてくれる人が現れますよ。

Q:今、お酒で失敗をして、禁酒しているのですが、お酒を飲んでもいいですか。

・飲むとザルなんですね。お酒にいい、わるいはないですよ。
けれど、飲むと、あなたはまた失敗するよ。やるよ。あなたは油断する性格の人だから。
最初は気をつけているけど、また失敗する。
まぁ、いいじゃない。失敗したら、失敗したな、で学べばいい。

という内容をすごく優しい目で柔らかい口調で話していただきました。
文章にしてみると、内容的には結構ズバッとキツイこと言われてる気がするのだけれども、
全く苦しくない。


心の中で、ずーっと感嘆の声が上がっていました。

西浦先生が指摘された通りなんです。
僕はずっと自分ではないものになろうとしていたんです。
自分以外の何かに変わりたかったんです。
それも、東京にいる間に。

でも、自分以外にはなれず、ずっとそこが苦しかったんです。
自分以外の何かにならないと、成功(やりたいことをやること)ができないと思っていたんです。

 

今回、西浦先生に易をいただき、
「自分でいていいんだ、自分でも時間はかかるけれども、成功(やりたいことをやること)ができる」
ということを腹落ちさせることができました。


西浦先生、この苦しさをとってもらい、本当にありがとうございました。

マッキー西浦先生を紹介してくれて、ありがとう。

タク、マッキーをサムライ塾に勧誘してくれてありがとう。

AKB、サムライ塾に声かけてくれて、ありがとう。

 

さぁ、自分らしく、楽しんでやってみよう。

易をみてもらうの巻

今日は、サムライ塾で出会ったマッキーの師匠
「西浦先生」に易を見てもらいました。

 

易って何???というぐらいで、知識は全くありません。
しかし、子供のころから、般若心経を暗証してきた自分としては、
目に見えるものとは別の何か大いなるなにかがあることは、間違いないと信じております。
そして、易とはその大いなるものの意思、流れを知るものとして、使われてきた手法であると認識しています。

 

今回、西浦先生に易で見てもらったのは、「広島に帰る」ということ。


自分自身では、答えが出ているのですが、
その答えが、本当に正しいのか、自分の逃げなのか、正しいのであればタイミングはいつがいいのか?
を確認するために、易を見てもらいました。

 

結果は、すぐに帰るべきとのこと。
タイミング的にも、2月から運気が変わるということで、
今のこのタイミングで住む場所を変えることは良いことであると言っていただきました。
ただ、広島に返ったとしても、直近では苦労するとのこと、その苦労を超えたところで、
自分自身の所を得る事ができるとのことでした。
あなたは、3手先を考えてもできない、けれど、やればやった分だけ先に進むことができるし、
気がついたらこんなところまでこれたと気づくことが出来る。
とにかくやればいいとのこと。

 

易によると、僕自身が東京にいることでのメリットを受けることのできない仕事に適している、
というよりも仕事に向いていないとのことでした。

東京にいるときに、上手く行かなかった理由は、自分の心に対してまったく相談しなかったことが原因とのこと。
確かに、答えが自分の外にあると思い、ずっと外に外に答えを求めていました。


その他にも色々質問しようと考えていたのですが、
あまりに自分の本質というか、ずっとやりたかった理想の生き方を、言語化して示していただき、

その答えだけで満足してしまい、その後に質問が全く出てこなくなってしまいました。

心の何処かに、一次産業をやりたい、お坊さんになりたいという考えは、あったのですが、
今まで自分が学んできたこと、お金を稼ぐことが正しいという世界観の中では、その生き方は難しいと考えていました。

最終的にはなんとかなるという答えをもらい、安心いたしました。
どの道を進んだとしても、うまくいくこともあるし、失敗もあるのだと思います。
けれども、なんとかなるのであれば、いいや。
今日、このタイミングで、西浦先生に出会えて、易を見ていただいて、本当に良かった。

マッキー、西浦先生をご紹介してくれてありがとう。
すべては、ご縁と大きな流れによって導かれていると感じることのできた一日でした。

さぁ楽しんでやってみよう。