レーシック体験記⑪

【スペック】
38歳、男性、両目ともソフトコンタクトの-10.0(裸眼視力0.04らしい)
裸眼で本を読むには、顔と本の距離が10cmぐらい。
2017年12月30日にレーシック手術を受けてきたので、
その記録、記憶を残しておきます。

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レーシック手術を受けた後、目はシクシクと痛い。
ヒリヒリといえばいいのか?
目を開けることが辛いので、基本を目は閉じている。

でも、目を開けると見えるのだ。

今までとは違い世界の香りがする。

しかし、目が痛い。開けられない。


「長浜さん、こちらに来てください」

と声をかけられるが、

「目が痛くて、開けれません!」と純粋に伝える。
すると看護婦さんはそそくさと目薬を指してくれた、ふわっと痛みが和らぐ。

痛ければ、我慢せずにこれを使えばいいんだ。
マラソンでは、ロキソニンを躊躇せずに使うくせに、へんなところで痛みを我慢するくせがある。
これも自分のバグだな。

同じく手術を受けた人達で集められ、これから使う目薬4種類と、保護用メガネを渡される。
痛み止めの目薬は、明日の検診までしか使ってはならないらしい。
それ以後に使うと、手術の失敗のアラートとしての痛みを感じることができないからだそうだ。
マラソンでロキソニンぶち込みまくって、次の日に異常な筋肉痛、膝の痛みを味わうため、追いロキソニンを当たり前としている自分には、痛い指摘だ。

 

保護メガネは手術日から一週間寝るときにもつけなければならないとのこと。
無意識に目を触ってしまうのを防ぐためだとのこと。
めんどくさいけど、業務用のチョコレートを買うと無くなるまで食べ続けることのように、無意識の自分はコントロールすることができない。
ある状況下での無意識の自分をコントロールすることができないのであれば、その状況を作らなければよいのだ。

意識の自分で、「業務用のチョコレートを買わない」というルールを作ったように、
無意識の自分の行動をブロックする仕組みを作らなければならない。

という説明を一通り受けて、電車で帰宅。

 

帰宅中に街灯をみると、ぼやっと光の線が見える。
これがハロー・グレアだろう。
けれども、こんなもの、目が見える事に比べたら、本当に些細な事だ。

手術後は常に目が痛い。
大丈夫かなと若干心配になるが、痛み止めの目薬をジャバジャバと使うことで、痛みは回避できる。
それでも、目を開けておくことは辛いので、さっさと寝る。

次の日の朝。

 

全てがクリアに見える世界。
前日の白い靄がウソのようになくなった。
痛みも殆ど無い。
朝日が眩しく、清々しい世界。
検診のため、再び有楽町へ向かう。

 

手術翌日の視力検査は、右1.5、左も1.5。
十分見える。これならメガネもいらないですね、と先生からも太鼓判をいただく。
世界が全て明るい。
それもそうだ。
1.5を見えたことは、メガネをかけても、コンタクトをつけていてもなかったのだから。


目が見える事がこんなに満ち足りた気分になるなんて全く知らなかった。
なぜ、僕はもっと早くやらなかったのだろう、と思う。
まぁ、そのときはそのときで怖かったのだ。いつか、レーシックをうけたいなとは思っていた。
けれども、ずっと怖かった。
今回も怖かったけど、東京にいる今のタイミングを逃すと、ずっとメガネで過ごすことになるかもしれないと思ったから、決心しただけだ。

何事にも怖さがある、だから、期限をきる必要がある。
「いつか」といっていたら、一生やらない。


これからの未来になって、レーシックに変わる新しい技術が生み出されるかもしてない。
レーシックがもっと安くなって、5万円くらいで受けれるようになるかもしれない。
レーシックを受けても視力が弱くなるかもしれない。(といっても、0.04まで下がることはないだろう)
ハロー・グレアが今よりももっと辛くなるかもしれない。

といっても、未来のことなんて、誰にもわからない。

 

いつかはこないのだ。
人生は「今」しかない

今この瞬間を生きるために、
視力が僕と同じ0.1以下の人には、レーシックを超絶おすすめしておく。

※もちろん、自己責任が大前提です。

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さぁ、たのしんでやってみよう。