何かを学ぶということの目的

Facebook にシェア
Pocket

自分がしてきたことは、学びのための学びではなかったか?ということに、気がつきました。

何を勉強したとしても、それを実践しなければ、何の意味もありません。

 

そして、沢山の新しい本を読むことに躍起になり、新しい本、新しい本と言っているうちは、
それらの本の内容は、自分の糧として定着していませんでした。

本を読むことにより、先人たちの叡智を知ることはできますが、
大切なのは、ただ知るだけでなく、先人たちの叡智を加え、
自分自身の人生をより善くをするための仮説を、
磨いていくことなのです。

単純に本を読んでいるだけでは、ただ、本を流しているだけ、人の意見を聞いているだけです。

 

一冊の本の中は、大宇宙の法則の断片が必ず入っているとして、学ぶ。
今、自分がこの本を読むことで、次の誰かを助けることができると考えて学ぶ。

 

自分の命を何のために使うのか。
堅苦しく考えるのではなく、自分は何が好きなのか。
何に対して興味があるのか。
今の目の前を気楽に過ごすためだけに使うのか。
それとも、自分がいる世界と居ない世界で少しでも何かの違いを残したいのか。

 

学ぶことは沢山あります。
それらを踏まえ、自分の仮説、自分のより善く生きるを磨いて生きます。

 

さぁ楽しんでやってみよう。