禅について、僕の理解

Facebook にシェア
Pocket

サムライ塾で禅を習い始めたのですが、
そのときには、ほとんど理解ができていませんでした。

理解することではないと、近藤さんに怒られそうですが、
今の僕の禅に対する理解を記しておきます。

————————————-

人は思考によって、世界を認識し、自分だけの世界を生きている。
誰かと同じものを見たとしても、それぞれの認識、観念、解釈によって、見ているものが違う。
たとえば、エスキモーには雪を見分ける言葉が50あるという、津軽の人には7つの雪の種類があるという。
僕は「こ~な~ゆき~」ぐらいしか知らない。
同じものを見たとしても、人のそれぞれの背景による解釈があるということだ。

そして、過去、未来も、実は考えることによって、その人の頭の中で生じているのだから、これも思考である。

座禅とは、思考を止める訓練であり、過去も、未来もそれらは全て思考であることに気づくための訓練である。

そして、その思考を止める訓練(座禅)を繰り返すことにより、全ての不安、恐れ、恐怖などの苦しみは、

過去、未来に対する思考から生じていることを認識することができるようになる。

その結果、自分がいる「今、ここ」しかないことを感じる事ができる。

また、今、僕が見ているものは実在しているが、見ていないものは存在しないのだ。
見えているもの以外はすべて思考である。

また、見えているものも自分自身の認識、観念という思考から生じているものであるから、
すべては「ない」とも言うことができる。

だからこそ、思考に縛られるのではなく、「今ここ」を全機現で生ききることが大切なのである。

————————————-

うん、書いてみたけど、理解できてないね。。。

少しずつ書いて整理していきます。

 

二度とない人生だから、さぁ楽しんでやってみよう。

————————————-

 

今日のランニング 10km


————————————-