時間は概念

本日は、5時に起床。

明日の峠ランの練習のため、白川治療院に行きたい。
朝、6時半に先生の携帯にメッセを送る。
もちろん失礼なのだとは思うのだが、前回行ったときに、携帯のへのメッセでもいいですよ、との言葉を頂いていたので、
とりあえず送ってみる。

午前中なら空いているとの連絡をいただく。

危なかった。10時の開店に合わせて電話をしていたら、
確実に間に合わなかった。

神様ありがとう。

11時に予約したので、10時に家を出ることにする。
googleマップでは、10時41分に着くとの結果がでた。

ちょっと早いかな…。
と思ったけれども、少し待てばいいやと、10時に家を出る。

電車の中で、ハンターハンター35巻を熟読。

新富町を乗り過ごす。
乗り過ごした直後に気が付き、次の駅ですぐに引き返す。
10時50分の電車に乗る。
駅に到着。
どの出口が一番いいのかわからなかったので、とりあえず、目の前の出口ででる。
地上に出た後で、Googleマップで確認。
治療院を目指して歩く。

本当に11時ジャストに到着。


このときに頭に浮かんでいた本の内容がある。

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例えば、午前9時までに目的の場所に着かなければならないとします。
しかし準備をして家を出るまで、あまり時間がないと考えている時、時間ばかりを気にして、時計チラチラで身支度をするよりも、「9時には着こう」と一度だけ決めて、あとはひたすら身体が行なっている目の前の準備をひとつずつ丁寧に行なっていくのです。

途中の電車の乗り換えがやけにスムーズだったり、バス停についたとたんにバスが滑り込んできたりして、まるで宇宙の応援を受けているような流れが出来て、結果9時に着きます。

中略

 

時間はありません。  理論めいたことではなく、そう出来ているようです。体験を繰り返すと理由なくそうであることが腑におちてきます。

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『私』というドラマの向こう側 ――

「新」スピリチュアル読本: “現実”という概念と“外側の世界” それを統合する非二元という全体性。 織りなされる「生」という名の創作ドラマ。

安元 敦子

より引用。

 

多分これと同じ現象だな。
全然、身体に集中してなかったけど、クラピカに首ったけだったけど。
多分そうだ。
そうだ。
きっとそうだ。


二度とない人生だから、さぁ楽しんでやってみよう。

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今日のラン 0km(月間目標 28.9km/200km 2月28日まで)

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