新興宗教のお誘いをうけたよ

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先日、出会った方に新興宗教・仏法?のお誘いを受けました。

自分で独立されており、仕事もバリバリやられていて、論理的で愛情もあり、頭もすごくよい方。

そんなぼくからすると、あこがれの人で、

なんでこんな人が宗教にハマってるの???って感じの方です。

 

「なぜそれに入ったんですか?」とお聞きすると

「信頼する友人の紹介」と

「死後の世界が怖かった」と言う事でした。

 

その仏法の行を行えば、死後の世界で六道輪廻からの脱却が約束されるという内容。

詳しく修行の内容は話せない。とりあえず、やればわかるというお話

 

僕自身が求めている仏教とは、自分も癒やすし、それを学べば他の人も救えるということ。
というよりも、宗教とはそうでなければならないと思っています。
その行を受けた人だけが幸せになるなんて、おかしすぎる。

 

どのような内容が行われるのか、一度、上の人に会ってみようかとも思ったのですが、
試すなんて考えておきながら、会ってしまうと確実に言い込められると思ったので辞退しました。

 

そんなこんなで、新興宗教にははまらずにはすんだのですが、
ここで面白いなと思うことは、
仕事もバリバリやっていて自分で独立起業しているような人でさえ、
新興宗教というものに入るってしまうのか、ということ。
現世での仕事に対しても不安なく、活動している人がなぜ…。

「恐怖を使って人を操ること」
マーケティング手法的には、有名な方法なのだと思うのですが、
現実ではなく、死後の世界を使ってでも恐怖を煽って、購入に結びつけるとは、
その方にとっては、36万円は安心料金なのかもしれません。

 

30万払って、3日間道場に行ったとしても、それだけでは変われない。
自分自身が毎日毎日積み上げることが大切です。

 

自分自身も含め、人は常に「いまここ」ではなく、
将来について頭を悩ませて、妄想しているのではないかと考えます。
将来の仕事、将来の世界、将来の姿、まわりの人達のとの比較。
結局、「いまここにいる」と言うことが全てに対してニュートラルでいるのだと思います。

もちろん、未来に備えて準備することは大切ですが、準備ができていないと、焦ってパニックを起こしても、
いまできることしかできない。

 

現実は、現実として捉えるけれども、
伝えられてきている情報をどう捉えるか、
相手がどのような意思をもって、聞く、読む人をコントロールしようとしているのかを学ぶ。
自分の視点自体がフィルターであるということを忘れない。

自分のフィルターだけではなく、信頼できる友人に聞き、沢山のフィルターをかますこと。
そして、最後は自分が「何のために生きているのか」で決めること。

 

さぁ楽しんでやってみよう。