出すことが大前提

どうも、チーム熊のCMO(Chief Magotuki Officer)の熊です。

本日は、トライアスロンチーム、「ポセイ丼」の新年会・決起会PART2に合流してきました。

このチームには、優秀で結果を出されているビジネスマンが所属されているので、ここぞとばかりに、最近のというか、昔からの課自分自身の課題について質問してきました。

「ぼくは、沢山、本は読んできたんですけど、色々手を出しすぎて、とっちらかって、結局これって何か意味があった?って、感じることが課題なんです。皆さんどうやって、本の定着率を高めてますか?」

ということを、メンバーに聞いてみました。

元帥:「書いてあることをやりゃいいんだよ」

さすが、黒くてマッチョな元帥。自分でもビジネス書と何冊も出され、年間300冊以上の本を読む元帥。考え方伝え方もマッチョです。ぼくを甘やかさず、ビシビシ教えて下さいます。

裏に流れる文脈は、下記。
「定着率とかごちゃごちゃ考えて時点であかんねん、いいからやれ。そしたら、経験にともない、必要なことは覚えるから。そして、それが本当の定着」
愛しか感じられない返答でした。

えぇ。。。さん(敏腕IT系中小企業診断士):「最近は流し読みが多いかな。最近は余り意識していないかも」
仕事も発言もロジカルでクールなえぇ。。。さん、流し読みとか言いながら、きっとその流し読みは、ぼくの流し読みとは違い、ロジカルに脳内で整理しながら、流し込んでいるのでしょう。

教官(早起き複職コーチ):「流し読みが多いですね。必要なところは折っておいて、捨てる前にもう一度読むぐらいでしょうか。昔は、ノートにまとめていましたけど、時間かかりますしね。今はやってないです」
初めてお合いしたとき(今でも)は、朴訥という印象であった教官、習慣化として取り組んでこられたことを少しずつ取り組み、夢を実現されている教官。きっと、専門としてる習慣化、コーチングに紐付けて流し読んでいるのでしょう。

ザック(大手資格取得学校講師):「流し読みですね。線とか引きながらですけど、流して読みますね。必要なところだけをノートに書き留めたりもしますかね」

(ちょっと考えたあとで)

「そういえば、本で読んだことはすぐに授業で使いますね。本を読みながらも、何が受験に使えるか常に考えているかも。その問題意識があれば、どんな本でも学びがあるし、何回読んでも、その時々でいろんなことが学べますよ」

このザックの答えを聞いて、「ああ、そっか」と腹に落ちた気がしました。
この4人は、全員がブログを書いていて、そして、別途仕事では、誰かに自分のスキル、仕入れたものを、誰かに伝えるということをなりわいにしている方々です。
だから、常に出すことを前提にすべてのインプットが規定される。
元帥も、ブログの中で、出すことのないインプットなど意味がないと書かれていました。

比べて、ぼくはといえば、自分の問題を解決するために、本を読み、そこで止まっていました。どこかに出すというアウトプットの場が全くありませんでした。(といううよりも、めんどくさいとブログを書いてないことが原因です)

そして、何を誰に対して出したいのかという自分なりの考えすら持っていない状況でした。これでは、本の著者と対話するのではなく、著者の思考をトレースしてるだけで、自分の考えを深めることなく、本に書いてあることが正しいという教科書人間になるための手順を踏んていたのでした。

有名な一説ですが、ドイツの哲学者ショウペンハウエルは、「読書について」の中で、こう書いて言います。
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読書は、他人にものを考えてもらうことである。本を読む我々は、他人の考えた過程を反復的にたどるに過ぎない。

(中略)

ほとんどまる一日を多読に費やす勤勉な人間は、次第に自分でものを考える力を失っていく。(中略)しかしこれこそ、大多数の学者の実情である。彼らは多読の結果、愚者となった人間である。
(中略)
絶えず読むだけで、読んだことをあとで考えてみなければ、精神の中に根を下ろすことなく、多くは失われてしまう。
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出す場はここにある。

ぼくと同じように「他人との比較」「自分との理想とのギャップ」に、悩み、苦しんでいる人に、届ける。

自分のフィルターを通して、アウトプットしよう。
いいから、出せ!!!

2度とない人生だから、さぁ楽しんでやってみよう。