毎日を過ごすこと

どうも、ながはまです。

目的、目標があって、それに向かう毎日。

目標が達成すれば、幸せになれると考え、毎日を過ごし、
達成すべきことを一つずつ少しずつ達成していく。

いつか目的のようになれると信じ、今日できることを少しずつ達成して、楽しんで毎日を過ごす。

今日、目標が達成できなかったとしても、その失敗は、次の行動のための自分の糧になる。

失敗したとしても、諦めずに、続ける。
目的のようになりたいのだから、好きだから、面白いから、それをやりたいから。

だから、自分がやるんだよ。
それでいいじゃないか。

さぁ楽しくなってきた。






 

出すものを出す。

どうも、ながはまです。

ごちゃごちゃ、言ってないで、素直にやりゃいいんだ。

世の中には、多くの文章を各人達がいます。
メルマガを書く人、ブログを書く人、コピーライターさん。

僕の周りの凄いなぁと思う人は、すべからく文章を書いています。
もしくは一定期間ブログを書いていました。

「発信力」=「自分を知ってもらう力」=「伝える力」=「対象の人物を変化させる力」
を皆求めているからです。


「いいものを作れば、誰かが理解して、選んでくれるはず」
選択肢の少なかったならそれでよかったのですが、この世は既にものの飽和状態です。

人それそれが己の大切なもののために時間を使っている世の中で、選択肢の多い世の中で、
人が興味を持ち、「いいもの」と理解してもらわなければ、選ばれることはないのだと思います。

「いいものってなんだろう?」とか、自分は何を「いいもの」としているのだろう?
己の主義主張とはなんだろうと、コンテンツがはっきりない中で、何を書けばいいんだろう、
とゴチャゴチャ考えてしまうのが、僕の素直さが足りない部分です。

「書いているうちに、自分の軸(主義主張)が作られてくるんだ」という師匠の言葉を信じ、書いて生きたいと思います。

頭の中で、ゴチャゴチャ考えていても、誰にも伝わらない、そして、自分自身も整理できない。

一人でしかめっ面をしていても、
「あぁ、悩んでるんだね。病んでいるんだね。」
で、以上終了。

詰まってしまっているものを出さないと、新しいものは入ってきません。

うんちでも、おしっこでも、、、

本来、何かを出すという行為は、気持ちいいものです。

 

たとえば、スポイトを綺麗にしたいと思ったとしても、
スポイトに墨汁を入れたままでは、スポイトを洗うことはできません。

一旦中に入っている墨汁を出して、綺麗な水を入れる。

そして、汚れた水出す。

これを繰り返す事によって、スポイトを綺麗にすることができるのです。

僕らの頭も同じ。
自分の頭の中にある今までの考えを出す(捨てる)ことで、
新しいことを学ぶことができるようになるのです。

出すから、今までよりも、よりよいものを取り入れよう、もっとよいものを出そう、と考えるようになる。

まずは、出すものを出す。

さぁ、楽しくなってきた。